2017年04月07日

『おとぎの森の幼女姫』発売記念おまけSS

『ケンカのおけいこ』   時野つばき
 
 Once upon a time.
 むかしむかし、小さな姫と赤いドラゴン、そして無愛想な騎士が森にすんでいました。
 これは、姫が森に来てまもないころのお話。 

     ※

「ちょっと待て姫さん、今なんつった?」
 声がひっくり返ってる。いい年こいた大人の男が、あぁ、みっともないったらありゃしない! 目の前の赤毛の幼女はけろりとしてまばたき一つ、小鳥みたいに首をかしげる。
「だから、ギデオンにお願いがある、って」
 やれやれ、まったくこのお姫さんときたらてんでわかっちゃいないんだ。自分がどんだけ俺をぎょっとさせたかなんて!
「……その前」
「ケンカのしかた、おしえて?」
 迷い無き笑顔。一点の曇りもありゃしない。
「本気か?」
「んー……」
 お、腕組みしてうなり始めたぞ。そうだ、考え直せ、できればそのまま忘れてくれ。初夏の日差しはきらきらまぶしく、緑の草原はやわらかい。木陰を流れる小川は軽やかに歌い、ぽちぽちと青い花も咲いている。実に気持ちのいい日だ。ケンカのことなんか忘れちまえ、お姫様!
「ちがった」
 よし。
「ケンカの勝ち方、おしえて!」
 悪化した。
 若葉色の両目をきらっきらに輝かせて、ふんす、ふんすっと勢いよく鼻から息を吹く。顔のまわりの髪の毛がふわふわと舞い上がるくらいの勢いで。ほほは薔薇色、赤みを増して、ひばりの卵みたいなそばかすがくっきり浮かんでいる。ものすごく、やる気だ。
(こっちの気も知らずにまぁ……)

ギデオン1.jpg


 しかし、勝ちを取りに出るってのはいい発想だ。気に入った。その気概、その行動力。城も無く兵も無く、たった一人の男とドラゴン一匹とともに森の中で生き抜く姫には必要だ。幸い、口うるさいドラゴンはこの場にいない。(奴もたまには一人で行動したい時もあるらしい)
「いいだろう。ご教授しようじゃないか」
「お願いします」
 姫はきちんと背筋を正して一礼。きびきびした動きで、貴婦人の礼というより武人の礼だった。理由はわかっている。身近な見本がどっちも野郎だからだ。

     ※

 森の奥の小川のほとり、草地に並んで立つ。ちっちゃな姫と、目つきの悪いひげ面のぼさーっとした中年男……つまり俺。
「いいか、姫さん。ケンカで大事なのは、相手の急所に一撃くらわすことだ」
 姫は食い入るようにこっちを見ている。一言も聞き逃すまいと耳をそばだてている。いいね、熱心な生徒だ。
「キュウショ?」
「そう、急所だ。そこを攻撃されると、すごく痛い」
「おぉー」
 いかん、物騒な言葉を教えてしまった。ドラゴンのしかめっ面が目に浮かぶ。
(必要なんだよ)
 あえて無視して、頭のすみっこに押しやる。
「いいか、姫さん。まず自分に有利なことと、不利なことを理解しろ。自分に何ができて、何ができないかを知るんだ」
「できないことなんか知って、意味あるの?」
 おやおや、いっぱしの口をきくじゃないか。
「いい質問だ。知っていれば、わかるんだよ。敵が自分をどう見ているか」
「……あの青い人みたいに?」
「ああ、あいつみたいに」
 姫は口をヘの字に曲げて、拳を握った。かたく、かたく、指が白くなるほど強く。たんっと足を踏みならす。ちっちゃな女の子なりに全力で……なるほど、それが理由か。
「おしえて、ギデオン。わたしは何ができて、何ができないの?」
「そうだな、まず、姫さんは小さい」
 腰をかがめてのしかかり、間近に顔をよせる。透き通った緑の目。まっすぐ見つめて、ゆらぎもしない。怖がらないのは勇気故かそれとも信頼か?

ララ姫1.jpg


「目や鼻、それに耳、首には届かない」
「そこ、キュウショなのね」
「ああ。すごく痛い」
 飲みこみが早い。しかもよく頭が回る。優秀な生徒だ。
「でも、わたしはとどかない」
「ああ。だが、逆にそれは有利にも転じる」
「どゆこと?」
 おーおーおー、身を乗り出してきた。すんごい食い付きだ。
「おしえてギデオン。おしえてっ」
「ぐぇっ」
 飛びついて、胸元にしがみついてきたーっ! シャツをつかまれ、首がしまる。息がつまる。それでも振り払う訳にはいかない、断じて、絶対に! あおむけにひっくり返った体の上に、姫さんがのっかってきた。
「おしえて!」
「わかった、わかったからっ」
 あばらの真上にごりっと膝がめりこむ。急所だ。
「そろそろどいてくれるとうれしいなぁ」
「あ……」
 ようやく解放されて深呼吸。のどがぜいぜいとふいごみたいな音を立てる。
「ごめんね、ギデオン」
 姫さんが俺の顔をのぞきこむ。目尻がさがって眉が寄ってる。ちっぽけな手のひらがほおに触れる。熱い。
「ごめんねギデオン。だいじょうぶ?」
 片手をかかげてひらひら振った。そら心配ないぞ姫、俺は動ける。笑えているかどうかは、わからんが。
「大丈夫、問題ない」

     ※

「いいか、姫さん。低い位置にも急所はある」
 草の上に座って、仕切り直す。
「ちっちゃいってことは、それだけ『低い急所』に近いってことだ……つまり」
「つまり?」
「敵の目より、姫さんの手足の方がずっと近い」
「おぉおお!」
 息を荒くして、拳を握っている。
「たとえば、ここだ」
 足の甲をたたいて見せる。姫は自分の足をまじまじと見て、ぺちりとちっちゃな手で叩いた。
「ここを、力一杯踏みにじれ」
「ちからいっぱいやるんだね!」
「そうだ。遠慮は無用だ。体重をかけて、上から踏みつけろ! 敵が痛みにひるんだら、全力で暴れろ。そうすりゃ、つかまれていても抜け出せる」
「わかった!」
 いいね。いけるんじゃないか? 正直、子供は苦手だ。ちっちゃい女の子と面と向い合って二人きり、果たして何を話せばいいのやら。途方に暮れていたが、この調子ならうまくやっていけそうだ。
「それじゃ、実際にやってみようか……」
 気をよくして立ち上がりかけたそのときだ。
「うぉっほん」
 頭上で聞こえたせき払い。低く深く腹に響き、なまあったかい湿った風が髪をかすめる。
「う」
 ぎくしゃくと振り返ると――いるよ。日の光にきらめく赤い鱗、すらりとのびた尾、金色の瞳。赤いドラゴンが見おろしている。

スパイク1.jpg


 鼻の穴がふくらんで、ぶふぉっと一筋、蒸気がふき出す。今度は俺の顔を真っ向からなでた。
「うぶっ」
 一方、姫は笑顔全開。一直線に駆け寄って、ドラゴンに飛びついた。
「おじ様!」
「やあ、姫」
 ドラゴンはのどを鳴らし、優しく前足を広げて抱き留める。
「先にデイジーをつれて帰っていたまえ。私は少し用事がある」
「わかった。おいで、デイジー」
「んべへへへへへへへ」
 姫は素直に山羊を連れて歩き出す。俺はといえば何食わぬ笑顔で手を振って、黙って見送るしかなかった。
 やがて、小さな姫と茶色い山羊が遠ざかるのを見届けてから、ドラゴンがぼそりと言った。
「さて、騎士よ。話がある」
「……おう」

     ※

 その後。
「このトカゲ野郎」
「野暮騎士」
「ぬぁんだと!」
 ただならぬ気配を察して戻った姫は、おおあわてで飛びこんだのでした。
「まって!」
 今まさに火花を散らしてにらみ合う、騎士とドラゴンのど真ん中に。
「ケンカ、だめ」
「……はい」
「仰せの通り、姫君」
 めでたし、めでたし。

                        (ケンカのおけいこ/了)


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posted by 白好出版 at 16:26| おとぎの森の幼女姫